不登校は自分を守った勇気のしるし
私は、元小学校教諭として多くの子どもたちを見てきました。
しかし、その根底にあるのは、私自身の「学校が苦しかった」という経験です。
不登校支援を志した背景には、3つの想いがあります。
・「行きたくなかった」と言えなかった自分へ
親を気遣い、無理をして通い続けた経験があるからこそ、今しんどい思いをしている子の「心」に寄り添いたい。
・「震えていた姉」の姿から学んだこと
不登校は怠けではなく、心身が限界を伝えているサインです。そのSOSを絶対に見逃しません。
・教員として感じた「個別の関わり」の限界
集団教育では難しかった「一人ひとりの話をじっくり聞くこと」を、この塾で実現します。
勉強ができるようになることは大切です。でも、その前に「ここにいていいんだ」という安心感を。心にエネルギーが溜まれば、子どもは自ら学び始められます。
「昔の私」のような、あなたへ。
私は、休み時間のチャイムが嫌いな子どもでした。
消しゴムを食べさせられる、そんないじめを受けた経験もあります。休み時間になると孤立しない様に友達の顔色を窺っていました。
「学校に行きたくない!」そう心で思っていても、母を心配させないようにと、本当の気持ちを隠して学校へ通っていました。
そして、「学校へ行きたくない」と言えなかった私が見たものは、日曜の晩になると、「学校に行きたくない」と布団の中で震えていた双子の姉の姿です。
教師になり、担任になった私が、かつての私の様に、教室の片隅で、ポツンといる子どもたちの姿に出会いました。
そんな経験から、私は、「勉強だけを教える先生」にはなりたくありません。
「あなたたちの苦しさを、そのまま聞ける大人」でありたいです。
不登校は、決して恥ずかしいことでも、挫折でもありません。子育ての失敗でもありません。
かつての私や、姉がそうであったように、今苦しんでいる子どもたちが「自分らしくいられる場所」
傷ついた羽を休められる場所を、一緒に作っていきたいとの想いで、「まなび舎とまり木姫路」を作りました。
少し羽を休めてあなたたちが自分らしく生きられるように、との祈りを込めて